題名「ジキル邸の人々の秘密」
今回の内容
今回は試みなので、作品の序章を上げてみます。
ミステリー・ホラー作品にしようと思っている作品の「何かが起こりそうな序章」を書いてみました。
登場人物
僕:夜中に起きてしまった可哀想な少年。
スティーブ:『僕』が幼い頃から一緒に寝ているくまのぬいぐるみ
本編
明けない少年時代
【今日も目が冷めた】
夜中に目が覚めてしまった。寝ぼけてベッドから蹴落とされた布団の報復で、体が冷えてしまった。僕は布団をベッドの上に載せた。
ブルル…
体が急に冷え、元から方まで鳥肌を立てる。
急に尿意を感じてしまう。だけどトイレまで続く廊下が真っ暗なのは、部屋の窓から外を確認するよりも明らかだった。
人というのは暗がりを怖がると家庭教師は言っていた。ならば子供ならば尚更深夜のトイレというのは、九死に一生を得るイベントなのだ。それに大人も頼れない状況ならば心細くなってしまうのは仕方がない。きっとあの家庭教師はそう言ってくれるだろう。
ここまで言い訳を述べてきたが、僕はまだ5歳なのだ。お父様は『情けない』とお叱りになるだろうが、怖いものは怖い。
僕は意を決してベッドを降りてスリッパを履く。一緒に寝ていたクマのスティーブを供にして、トイレに行くことにした。昔から一緒に寝てくれる僕の弟と言っても過言ではない。
だからこれは決して道連れではない。
【月が赤くてこっちを見ているようだった】
部屋から出てからトイレを目指して歩いているのは、家の中では僕…ただ一人だった。
「…とっても静かだ」
廊下は決して真っ暗と言うわけではないのだけれど、窓から斜めに月の光が差し込んで床を照らしている。
寝る前につけられていた灯りは全て消されていたために、幾分か身構えて緊張していた体は落ち着いた。だけど完全に恐怖がなくなったわけではないので、スティーブを抱きしめて歩みだす。
(怖くない、怖くない、怖くない…)
僕は寒さとほんの少しの不安からぬいぐるみを持つ手に力がこもる。巡回している使用人の一人も出くわさないので、頼りになるのは熊のスティーブだけだった。
当たり前だけれども一歩ずつトイレには近づているわけで、そのことが窓から差し込む月の光程度には安心できた。
(それにしても…)
僕は窓の外を見る。窓にはうっすら映る僕の姿と、オレンジのように赤くなった月が見えた。
家庭教師が以前言っていた『月食』というものではないかと思う。月と太陽、そして間に地球が入ることによって、月が赤くなるのだと言っていた。ある周期ごとにそんな現象があるみたいだけど、僕は大体夜になったら眠くなって朝まで寝てしまう。むしろ今日みたいに目が覚めること自体が稀なのである。
窓の奥には雲の流れと木々の影でまるで猫の目のようだ。それが僕を見て笑っているようにも、食べれるか見定めているようにも見えた。
そんな想像したら怖くなって、なるべく窓の外を見ないように僕は早足でトイレに向かった。
スティーブには悪いけれど、あと少しの辛抱だ。
僕はこの時『行きもあれば帰りがある』ことを用が終わるまで、すっかり忘れていた。
【倒れていたのは…】
トイレは夜中明かりがついている。以前お父様が真っ暗なトイレでつまづいて転んだことから、必ず足元まで見えるように明るくしている。なのでトイレが怖くて行けないということはこの家ではないのだけれど、ここまで明るいと目が冴えるどころか頭まで眠気が飛んでしまっている。
(お父様も夜が怖かったんじゃないかな)
暗闇に怯えるお父様の想像して笑いが溢れた。
だけれどもそれが自らを笑っているのを気づいて、結局自分を嗜めた。
(さて…部屋にかえらなくちゃ)
僕は手洗い桶の横に置いていたクマのぬいぐるみを抱き抱えた。
再びあの暗い廊下を通るのは勇気はあるが、漏らしてしまう心配事はなくなった。扉を開けたら誰かが立ってるとか、知らない場所に出るとかは、やっぱり、物語の中でしか無いのだ。僕は、想像してしまった自分を心の中で殴りながら意を決してドアノブに手をかけて廊下に出た。
そこは、先ほどと何にも変わらない月明かりに照らされた廊下があるだけだった。月もまだ赤いし、風も強く吹いている。
(やっぱり、物語の中だけだ)
モンスターも殺人鬼も結局のところ、読者を擬似的に恐怖に陥れるエンターテイメントなのだと僕は安心しつつも、どこか悲しいような気もしたのだった。もちろん人を襲う奴なんていない方が良いのだけれど、少しばかり吸血鬼の伯爵だったり、動く死体があったらと想像してもいたのだ。
まっすぐ伸びている廊下は何事もなく、僕の部屋へと続いている。もうまもなく部屋の距離があと10歩くらいというところだ。僕はようやく安心して眠りにつけると思った。今度は何を考えて眠ろうかと頭の中で議論しよう、そうしよう。
僕は自分の部屋のドアノブに手をかける。
バン
突然、隣の部屋から大きな音が響いた。僕は驚いて、ドアノブの手を引っ込めた。どきどきと鳴る心臓のせいで、恐怖はどんどん湧き上がる。
音のした方向、隣の部屋のドアを見つめる。
僕がみつめる部屋は普段家庭教師といっしょに勉強する場所だ。僕一人ぐらいの大きさの黒板とその前に机と椅子一式、そして窓が一枚ある小さな部屋だ。僕が昼間に勉強するためだけに使われる、だから夜中に人がいることは無い。
ガタン、と何かがぶつかるような音が聞こえた。そしてその後にゴスッと硬いものが絨毯に落ちたような鈍い音も…
「なんだろうね、スティーブ」
持っていたクマのぬいぐるみに話しかけても、何も帰ってこない。当たり前だ、布とたくさんの綿でできているただのぬいぐるみだ。
だけどなんとなく自分に『様子を見に行こうよ、泥棒だったらたいへんだ』と言っているような気もしていた。多分、言っている。
「うう、怖いけど…」
そんな恐怖心と裏腹になにかとんでもないようなことが起きるのでは無いかと冒険心にも似た好奇心があった。もしかしたら物語にあった妖精が夢の世界へと誘ってくれるのではないかといった願望もあった。
そう思うと先程まで恐怖の対象だったドアノブが、楽しいものを連想させてくれる、そんな素敵な鍵に見えてきた。
実際扉を開いてみると、とんでもないものがあった。人が、倒れていたのだ。
【それから夜は僕を手放してくれなかった】
倒れていたのは、真っ黒な液体で濡れたお母様だった。脇腹にはとても太い刃物が、取っ手のところまで刺されていた。
お母様は小刻みに震える手でナイフをつかもうとしているが、痛みで力が入らないようだった。
「・・・・」
お母様は大きな真っ黒な目を大きく開き、はくはくと口を空気を求めるように動かしている。その姿が水を求める魚のようだと思った。
「お、おかあさま!おかあさまっ!」
僕は大きな声を上げてお母様に縋った。お母様は僕が近づくや、腹に刺さった刃物を凝視した。そして僕を見てから、濡れた手で僕の頬を撫でる。そしてそのまま目を瞑って人形のようにぼとり、と腕に力なく落ちた。
僕はお母様を力の限り揺すった。
本当は動かしては行けないのかもしれない、けれど起こさなきゃお母様は本当に死んでしまうかもしれない。だからお母様の異常を取り除かないと、お母様は…
お母様の体に生えるように刺さっているそれを、原因であるそれを取り除こうとしたんだ。
だけど、僕は知らなかったんだ。お母様の体に刺さったナイフを引き抜いたら、たくさんの血が吹き出してくることを。
その血がたくさん吹き出したことで、お母様が死んでしまうことを…
そして助けようと引き抜いたナイフを持った僕を見て、大人がどんな反応をするのかも…子供の僕が知るはずもなかったんだ。
そんな惨劇から、たくさんの時間がたった。
それだというのに、僕の夜は僕を手放してくれなかった。
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